第23話「希望という名の花」

「(----名前がないのか?)」
深夜、雷組の皆が寝静まった夜。蔡は木の陰で監視している男に話し掛けてきた。嬉しくなってつい自分のことを話した男は名前がないことを蔡に告げた。
誘拐犯3「(思い出せないだけだ)」
なんとなく察しがついていたのか蔡は男に仮の名前をつけてやった。男は目的も、生きていく理由もなかったが名前ができたことで蔡の役にたとうと思った。自分が初めて心を開いた蔡があの荒廃した村を良くしてくれるだろうと信じて。
効果音「―――ズガァァァンン……」
だが男が見たものは蔡の最期だった。それは目の前の無双と呼ばれた男がもたらした『死』だと思った。絶対に許せない。
「(名前、お前の名前は…)」
かすれた声がやや戸惑いを見せながらはっきりとした言葉を紡いでいく。

十文字(無双)「蔡さんはあなたなんか友達とは思っていないでしょう。」
誘拐犯3「……何……?!」
ナレーション「無双の言葉に男は急に顔を強張らせた。男の視線が無双に突き刺さるが、それでも無双は目をそらさず、まっすぐに見つめていた。」
十文字(無双)「あなたは蔡さんの傍にいて自分が一番彼を理解しているとお思いでしょうが、蔡さんの苦しみや辛さまで気がついてやれなかった…。」
誘拐犯3「貴様、口を慎め?!」
十文字(無双)「蔡さんは薄々感じていたのかもしれません。あなたに利用されていることを……ここにいる皆が蔡さんのことにどれだけ心を痛めたか…それでも蔡さんを救えなかった。誰一人、彼の闇に気づいてあげることが出来なかった…。」
誘拐犯3「黙れ!!」
十文字(無双)「一番理解しているなんて思い上がりも甚だしい…」


「(お前の名前は…碑夢)」
誘拐犯3「(意味があるのか)」
「(……夢の碑。永遠に叶わない夢の碑)」
碑夢「何がわかるってんだよ!あぁ?」
十文字(無双)「馬鹿な真似はやめろ…私達を殺してもなにも得るものなどない」
碑夢「人殺しの分際でなにいってやがる。まぁいい。---ここでお前ら全員死ねっ!」
シンボルストーンに僅かながらに亀裂が入っていく。男は死んでも良かった。最初からこうすれば蔡は死なずにすんだのに何故気がつかなかったんだろう、と自らの頭の悪さに笑いが止まらない。
鬼江「無双ちゃんになにがわかるって、さっき私も同じ言葉を言ったわよ。あんたと同じ気持ちで言ったわ。でも、不安なんでしょ?」
十文字(無双)「鬼江さん…」
鬼江「蔡ちゃんを死なせて悔しいのはここにいる全ての人間がそう思っている。あの時、無双ちゃんは蔡ちゃんの攻撃を自分で跳ね返して、蔡ちゃんはそれを受け止めて死んだのよ…」
碑夢「!!」
鬼江「蔡ちゃんは他人を決して責めることはなく、自ら死を選ぶことで自分の思いを殺した。けど、それを償うために誰かが死ぬのはあの子はまったく望んでいない…」
碑夢「嘘だ!」
鬼江「『あんたのため』というのは自分を正当化しているに過ぎない…無双ちゃんは蔡ちゃんの死を受け止め、大切な人を守るためにこんな傷を負ったのよ…エゴの塊のあんたと一緒にしないで…。」
碑夢「黙れ!!!」

男の絶叫が森に響き渡る。死ぬのは怖くない、生きていたいと思わない、真相を聞きたくない、どろどろとした生臭い感情が流れてきて男は自爆を決意した。あたりが光に包まれると3人はその場を逃げるしかなかった。ただ、1人を除いては。
碑夢「おっさん…」
雷流丸「お前を巻き込んだのは俺のせいだ…一緒に死んでやるよ」
2人が光に包まれる。無双は振り返って止めようとしたが鬼江に腕をつかまれた。
鬼江「無双ちゃんっ!逃げるの!」
十文字(無双)「こんなことさせないっ!いやだぁぁ!!」
子供のように半狂乱でわめく無双をひっぱってゴロと鬼江はその場を離れた。
十文字(無双)「どうして話し合っても理解しあえないんだ…っ!死んだら終わりじゃないか。どうして、どうして!!」
効果音「ドコッ」
鬼江は無双の腹を思い切り殴り、気絶させた。ゴロと鬼江は悔しそうに煙が上がっている空を見上げていた。
ゴロ(サンダーの父)「あれがあいつの精一杯のけじめだったのかもしれない……何故、死ななければいけなかったのか問いたくなったのは無双だけでないんだ…」
鬼江「いくら話し合っても分かり合えないことだってあるの…人間である限り…深いところに入ろうとすればするほど人は拒絶してしまうのかもしれない…」


ゴロ(サンダーの父)「……わし達のしたことは正しかったのだろうか……。」
爆発は最小限に押さえられたらしい。それは雷流丸が押さえ込んだせいだろう。ゴロはそのまま言葉もなく立ち尽くし鬼江の傍で気絶している無双を眺める。
鬼江「……私はね、社長。正しいとか正しくないとか考えたくない。辛くても苦しくても事実を受け止めて前向きであればいいと思う。楽に生きようと思ったらなにも判らないままじゃない?こうなる運命だったとしても私たちは見届けたのよ。忘れなければいいの。この痛みをずっと……」
その後爆発地へ行くとそこには大きな穴があいていた。無論、彼らの遺体はない。骨も肉も残さず消し飛んだ、といっていいのか。まだ煙があちこちに燻っている場所を鬼江は無双を背負って歩いていた。
鬼江「…無双ちゃん、起きたら私を恨むかしら?」
十文字(無双)「……怒り…、ません…よ」
広く暖かい背中は父親のようだと言えば鬼江は怒るだろうが、その時の無双にとってはそれが心の慰めになった。鬼江が言っていた言葉も無双にはよくわかる、だから怒りは湧いてこなかった。
十文字(無双)「……鬼江さん、私は私に与えられた選択肢だけ選びました。……今、不思議と死ぬのが怖いんです。あの時はなにも感じなかったのに。」
鬼江「……無双ちゃん。いつか私も無双ちゃんも死ぬわ。先は見えないけどね。」
ゴロは地面に落ちたナイフを拾って眺めている。あの青年が落としたものだ。丁寧に布に包んで懐にしまいこむ。
ゴロ(サンダーの父)「その日が来たら、皆、土に還るんだ……死が怖いと思うのは普通なんだ。それすら感じなくなったら、どうやって夢も希望も見出すんだ…」
十文字(無双)「……」
ゴロ(サンダーの父)「無双、ギンとも話をしていたんだが、お前を夜間学校に通わせたいと思っている…お前が通うはずだった高校の夜間部のほうに問い合わせてみたが、手続きまでまだ日があるそうだ…。」
無双が推薦入試を受けるはずだった学校には夜間部があった。だが、そのことはまったく頭になかったので、ゴロの言葉を聞いて少し驚いた様子だった。
ゴロ(サンダーの父)「お前がその気があるのなら、入試の手続きをしてもいいと思っている…仕事との両立できついかもしれんが、お前の希望を無にしたくなかったからな…。」

無双の心に小さな花が咲いた。それは希望という花だ。どうしようもない気持ちを持て余してぎりぎりと唇をかみ締めていた無双は顔をあげて鬼江の背中ごしにゴロを見つめた。視線があうとゴロは優しい眼差しで見つめ返してくる。
ゴロ(サンダーの父)「お前の父親の代りにはなれない。誰も。--だけど支えてやれる。それだけは約束しよう。」
十文字(無双)「それだけで十分です。…社長。」
言葉が温かい。
十文字(無双)「私も社長を支えます。…蔡さん達の分まで勉強して。それから」
-----サンダー坊ちゃんを守る
鬼江「それから何?『鬼江を守りたい、鬼江さんを幸せにしたい』って?いやぁぁん!!」
言葉を続けるのを躊躇していると鬼江が身悶えながら無双の声色を真似して言葉を継ぎ足した。
十文字(無双)「…はは、はははは」
ナレーション「どうしていいか分からず笑っていたら、鬼江があまりにも体を揺さぶるようにして笑ったのでうっかり無双を支えていた手を離してしまい、無双は落っこちてしまった。彼も思わずつられて大笑いしていた。」

効果音「ザアアアア……」
仰向けに倒れた状態で空を眺めていた無双は雲の合間をぬって飛んでいる鳥のようなものを見た。それはまるで海の上をはねる魚のごとく、縦横無尽に飛んでいた。
十文字(無双)「(……白い…猫…風船…猫?)」
空を飛んでいたのはサンダーと年がさほど違わない白い猫だった。彼には翼はなかった。だが、彼にまとわりついた白い雲が翼のように煌いている。


ギン(十文字の上司)「ぶぁっくしょん!」
その頃、机の上に大量に詰まれた注文書を整理していたのはギンだった。この人手が足らない時に限ってデスクワークをしなければならないギンは元々細かい作業が苦手な性格だった。詰まれた書類にハンを押してそろばんで計算していく作業も拷問に近い。
ギン(十文字の上司)「まったく……現場も見回りに行かなきゃならんのに。」
猫A「伝票、ここに置いておきますね。」
ギン(十文字の上司)「誰か、鬼江と無双を呼び戻して来い!!」
どさっと置かれた伝票にくらくらしながら眉を寄せて苦い顔をするギンに部下は目をそらして通り過ぎた。
ギン(十文字の上司)「あいつら、帰って来たらこき使ってやる!」
鼻息も荒いその台詞を聞いた部下は内心鬼江と無双に同情する。ギンは軽いようで実はかなり厳しい。これから思い知らされるだろう。
ギン(十文字の上司)「はっ…ぶぁっくしょん!!窓閉めろっ!窓!」
効果音「バササササッ」
風で舞い上がった書類がギンの顔に降り注ぐ。紙の山に生き埋めになってしまったギンはその奥から外を眺めていた。
ギン(十文字の上司)「……風船猫か…20年ぶりだろうか…本当に何も言わずに去っていきやがる…」
十文字(無双)「何、ボーっとしているの?無双ちゃん。」

十文字の父「(強くなったな…無双)」
十文字(無双)「(…まだまだだよ)」
十文字の父「(…焦るな、これから先はまだ長い。)」
風に乗って聞こえた声は懐かしい父親の声に似ていた。無双は目を閉じて風の声を聴いていたが鬼江の言葉に少しの間をおいて答える。
十文字(無双)「ある伝説を思い出しました。…風船猫のお話です。」
鬼江「…風船猫か。蔡ちゃんもよく話していたわね…。」
十文字(無双)「風船猫は突然現れ、誰かを幸せにした後、人知れず去っていく……人を幸せにすることを引き換えに自らは同じ場所に留まることを許されない『放浪する猫』…」
無双は風船猫が何故、自分達の前に姿を現さないのかふと考えてみた。最初、彼らは自分達を避けていると思っていた。しかし、今は違っていた。こちらから歩み寄れば彼らもきっと、応えてくれるのかもしれないと。
十文字(無双)「きっと、人間達の嫌な部分が風船猫にはよく見えるのかもしれない。どうしようもないと心を閉ざしている限り、風船猫が安住できる場所は永遠に出来ないのかもしれません……。」

鬼江「もし、自分を助けてくれた風船猫に会えたらどうするつもり?」
十文字(無双)「……そうですね」
無双は暫く考えてから照れくさそうに笑って答える。
十文字(無双)「風船猫が困っていたら助けてあげますよ。私を助けたように。だって、与えるばかりじゃ風船猫さんが淋しいでしょう。」
見返りを期待しない彼らはいつだって孤独なのだ。伝説で語られる彼らは神聖化され、近寄りがたいものとして伝説になっているがけっしてそうではない。フジに出会って無双はそれが判った。
十文字(無双)「(フジ以外にも……風船猫がいるんだ)」
鬼江「あ〜私も風船猫にあってぎぎゅーと抱きしめたいわん」
十文字(無双)「……ところで話は変わりますがこれからある場所に行きましょう。」
風船猫も鬼江を見たら逃げ出すかもしれない。そもそも鬼江の幸せは無双と…その先を想像しただけで会話を打ち切りたくなる無双だった。鬼江はいい人だし頼りにもなるが恋愛対象とは遠い。
鬼江「やぁねぇー浮気はしないわよ!」
鬼江は無双の背中をきしむほどにビンタすると無双は咳き込んでゴロが笑った。
十文字(無双)「ゴホッゴホッ…」
「……」
3人が歩き出したのを見計らったように、小さい白いものが大樹の中から飛び出した。その軌跡はまるで飛行機雲のようである。


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