第19話「強く儚い者達」

「---ずっと我慢していたから辛かったんですね。」
十文字(無双)「我慢?…そうかな、我慢…そうかもしれない。」
「---辛かったら泣いてもいいんですよ」
どこからともなく蔡の声がした。優しい、静かな声。だけど姿ははっきりと見えなくて温かい涙だけが流れていくのを無双は感じていた。蔡の声がどんどん記憶から薄れていくからだ。姿もその存在も小さな泡が弾け飛ぶように小さくなっていく。それが悲しいのか、怖いのか判らなくて混乱していた。
十文字(無双)「---時がたつのが怖いんだ。亡くなった人の姿も声もはっきりと思い出せなくなりそうで、それが不安定にさせる。親父もそうだ。あんなに悲しかったのに、時がたてば……お腹がすいて元気に笑ってる。それでいいのかと思うこともあれば思い出して苦しくなる。」
「---生きてるとお腹がすくのは当然です。悲しくても食べなければ生きられないし、笑って生きなければ前に進めない。そしていつかは死が待っています。手を繋いでもいつかは離さなくてはいけない。」
十文字(無双)「---蔡、貴方は前に進まなかった。そしていつか私は貴方の姿を思い出せなくなる。…貴方とこんな形で出会いたくはなかった。」
その言葉には答える声もなく蔡はかすかに笑って遠ざかっていくようだった。追いかけようとした手はなにも掴み取れず、ただなにもない空間を彷徨っていた。そこで無双は意識を取り戻す。


鬼江「無双ちゃん、起きて!ねぇ、起きてってば!」
ギン(十文字の上司)「落ち着け!大怪我しているんだぞ!」
ナレーション「無双は意識不明となり、すぐに病院に運ばれた。そこからの記憶がまったくない。どうやら2、3日生死の境を彷徨っていたらしい。医者はカルテを診ながらただただ首をひねっていた。」
猫A「…生命を取り留めたのが不思議なくらいだ。普通の人間ならとっくに死んでいますよ…。」

無双は全身に包帯を巻かれ、ミイラ状態であった。頭蓋骨にだけでなあばらや脚など十数か所も折れていた。全身の骨が砕ける寸前で、医者もさじを投げていたほどだった。
猫A「額からの出血は何とか止めましたが、大きな傷が残ることは覚悟したほうが良いです…脳みそが無事だったのが幸いでした。」
医師はこんな無茶な真似をした無双に呆れているように首を横に振った。その態度に気分を悪くしたギンだが無双は仕方がないというようにふたたび目を閉じた。思うように体も動かせず、喋ることもできない体では言われても当たり前だろう。
鬼江「無双ちゃん、安心して。すぐに退院できるからね!」
鬼江が生きている……無双はほっとしていた。それだけでも救いがあるなら戦った事に意味がある、と思えるからだ。
ギン(十文字の上司)「…サンダー坊ちゃんも無事に返って来た。……ったく、お前は凄い奴だよ。だがお前だけ傷つけてしまった、……すまない。」
無双はその時、話せないことがもどかしかった。ギンは最初に出会った日に『思ったことをそのままいってみたらどうだ?』といっていた。今、話したいのに話せないのが悔しい。体の痛みよりも心の痛みを伝えたかった。
ギン(十文字の上司)「あとで社長とサンダーを呼んでくるからそれまで寝てろ。ゆっくりな。妹さんも呼んで来てやるから。」
ギンが無双の耳元に告げた時に一瞬周囲が真っ白になり、無双は目を開けた。するとさっきまでいた鬼江とギンの姿が消えて代わりにドアの隙間からこちらを覗う目と視線が合った。瞳は鮮血のように赤い。
十文字(無双)「(風船猫……フジ?)」


風船猫・フジ「今、アナタ方ガ呼ブ『時間操作』ヲシマシタ。コノ会話ハ私達ダケニシカ聞コエマセン。」
十文字(無双)「何故、ここに…?」
何故か声が出せる無双。起き上がってフジの元にいこうとするが金縛りにあったようで体が動かない。フジも微動だにせず、こっちを凝視している。
風船猫・フジ「ヒドイ怪我…デモ、体ヨリ心ガ痛イ…トテモ辛ソウ…」
十文字(無双)「…失ったものが大きすぎて痛いんだ。」
風船猫・フジ「…アタラシイ命ガマタウマレテクルヨ。君モソウヤッテウマレテキタンダ。」
十文字(無双)「失った命に執着するのは駄目ですか…同じ形同じ命は二度と生まれてこない。実の親子でさえまったく違うんだ。」
風船猫・フジ「薬草ヲ置イテイクヨ。コレデ傷ハ完治スル…アトハ時ガイヤシテクレル」
無双の、泣き言のような悲鳴に近い声はフジのやわらかな声で静まった。フジは何者なんだろうと単純な疑問を口にしたかった。もう二度と顔も見ることもない訪問者は薬草を置いて立ち去ろうとしていたからだ。
十文字(無双)「貴方はどこから来て、どこへ行くんですか?」
ドアの隙間から背中が見える。華奢ですらりとした足が無双の一言で立ち止まると振り返りもせず答える。
風船猫・フジ「ドコニモ留マレナイ…時ヲ彷徨イ続ケル時間ノ迷イ子。」
バタンッと風が吹き込んで扉が風船猫フジの姿を隠すと景色が元に戻った。ギンが扉の下に置いていた薬草に気がつき、首を傾げている姿が見えると無双は再び目を閉じた。心の中にするりと入り込まれたような感触が残っているがそれは気持ち悪いものではなかった。

効果音「ビョオオオオ……」
十文字(無双)「(生きている限り、人は迷いながら歩き続ける…私は何処まで歩き続けられるのだろう。この限られた命が尽きるのはいつになるのかわからないが、それでも…)」
自ら生命を絶つことだけはしたくないと思った。両親がいて今の自分が生まれてきたのだから、一時一時を大事に生きたい。
十文字(無双)「(フジ……さようなら)」
意識は深く沈む。そんな無双を見守っていたのがギンだった。あの場に駆けつけたときは無双は死んだのかと思うぐらい顔色がなかった。真っ青になって息もかすかにしてるだけだったからだ。
ギン(十文字の上司)「(子供らしくないといえばそうなるか)」
家族を支える父親の身代わり。それは少年には重過ぎる。
雷猫・サンダー「ギン……無双起きたのか?」
ドアをノックしてサンダーが入ってくる。いつもなら元気に飛び出してくるサンダーもここでは静かに入ってきた。顔は強張り、眉間に皺を寄せてサンダーはギンの顔を覗う。
ギン(十文字の上司)「なぁに。たいしたことはないです。ただ暫くそっとしておいてあげましょう。それに……」
無双を夜間でも通える学校に通わせようとギンは考えていた。お金は今回の事で社長が出してくれるだろう。
雷猫・サンダー「なんだよ!もったいぶらずに言えよっ!」
ギン(十文字の上司)「…お前がもう少し大きくなったら話してやろう…大人の事情は複雑なんだ」
雷猫・サンダー「こんな時ばかり子ども扱いかよ!」
ギンはあくびまじりに無双の傍をあとにした。今はまだ多くの大人の支えが必要なサンダーであるが、時を経て成長すれば彼も無双の精神的な支えになるかもしれない…そう考えながら、遠くからわめくサンダーを眺めていた。
ギン(十文字の上司)「(案外、似たもの同士なのかもしれない…)」


無双が横たわっているベットの傍には白い花が咲いている。それは風船猫フジの花によく似た純白の花だったが誰が置いたのかはわからない。花瓶に添えられた花が僅かに風で揺らぐと花びらが金時計の上に舞い落ちた。
雷猫・サンダー「無双、またくるからな〜!」
部屋にサンダーの声が響くと無双は目を開けて風に揺らぐカーテンをぼんやりと眺めていた。時刻は昼を過ぎた頃だろうか。暖かい日の光が傍にあった金時計を鈍く光らせ天井に光が反射していた。ドアの向うにギン、鬼江、サンダーのにぎやかな声が遠くに聞こえて無双は生きていることを改めて実感する。それは不思議に夢の続きに近い。
十文字(無双)「…今何時だろう」
無双は投げ出した腕を動かして傍にあった金時計を掴もうとする。けれどするりと滑り床に音を立てて落ちてしまうが落ちたと同時に内側からカタンッと何かが出てきた。どうやら内側が2重に細工してある。
十文字(無双)「----これは。手紙?」
なんとか麻痺した腕を気力で動かして無双は折りたたまれた紙切れを拾った。古びて変色した紙には几帳面な字でメッセージが添えられている。所々水で滲んで読みにくい部分もあった。
十文字(無双)「--この手紙を見つけてくれた貴方へ…この字は蔡?」
だが、それは無双にあてたというよりも誰かが見つけてることを願っているかのような文章だった。特定の誰か、というわけではないらしい。

「貴方がこの時計を拾っている頃、私は今ここにいるかどうか分かりません。もし、この時計を手にしたときは私の生死にかかわらずお願いしたいことがあります…。」
まるで蔡が自分の死期を予測していたような文章であった。手紙を持つ手に力が入らないのか、微かに震えている。今にも崩れそうな紙を恐る恐る剥がし、2枚目の手紙にいった。
「私は私の友であり、弟だった『彼』にちゃんとしたお墓も作れませんでした。この手紙を読んでいる貴方にもし情けがあるのなら彼のお墓を作ってあげてください。場所は--」
十文字(無双)「遺骨の場所は廃墟になった試合場…少女の像の横。」
「--私は自--死を--こ--を描いています。--私は無力で--。私の思いはどこにも行く--はなく。--未来はない。この手紙を読んでいる方には未来があるでしょう。私の願いを聞き入れて下さるのなら--ありが--とう。」
水に濡れて後半部分は読めなかった。途切れ途切れに書き記された文字だけを読み、無双はゆっくりと手紙を折りたたんだ。自身を落ち着かせるように深呼吸をし、震える手を止める。また泣き出しそうな目を押さえて手の中の時計を握り締めた。」
効果音「コチコチコチコチコチコチ…」
時計は亡くなった主を失っても時間を刻んでいた。あの庭でサンダーが拾った時計。犯人は蔡だった。


効果音「チュン、チュン、チュン……」
あの事件から何週間か経過した。やっと、無双は医者から包帯を取る許可がもらえた。無双は普通の人間なら全治3ヶ月の重傷であったが、1ヶ月もかからなかったことに医者はまた首をかしげていた。
猫A「もう包帯を外してもいいだろう。本当に不思議だ…治癒力が人の何倍も早いようだ。」
シンボルストーンを使えるものは普通の人間よりは若干、怪我の治りがはやいらしい。これはギンや社長から聞いたのだが、腕を一本骨折しても数時間で治る者もいるそうだ。
鬼江「無双ちゃん、よかったわね。やはりお尻が締まっている子は違うわね。」
十文字(無双)「(…お尻と怪我の治りが早いのとは関係がないと思いますが)」
猫A「ギンさんがもってきた薬草の効果もあったかもしれない。あれをどこで?」
ギン(十文字の上司)「それが入り口に置かれていたから誰がもってきたのやら……」
あれがもっと手に入ったら役立つと医者が話しているのを無双は黙って聞いていた。あの薬草は風船猫フジがもってきたが説明しても信じてくれるかどうか。
鬼江「無双ちゃん、どこか行きたいところがあるなら連れてってあげるわよ。こんな晴れた日は気分転換しなくちゃ。」
無双が窓から見上げた外は雲もなく、澄んだ青空が波の立たない海のように広がっていた。
十文字(無双)「あれから彼はどうしましたか?」
雷流丸はその後鬼江の話によると衰弱して死んだとのことだった。あっけない最期だったと付き添いだった社長が語っていた、それ以上は聞かされていないのよ、と鬼江は不服そうに話した。
十文字(無双)「…変ですね…」
社長が嘘をついていると疑っているわけはないのだが、雷流丸と対峙した無双にとっては納得のいくものでなかった。無双は天井を見上げてしばらく考えていたが、ギンたちにこう漏らした。
十文字(無双)「行きたいところがあるのですが……よろしいでしょうか?」

一応周囲の了解を得て行動したかったので無双は遠慮がちに尋ねる。
鬼江「行くってどこへ?無双ちゃんったらまさか私とデートに……」
十文字(無双)「ち…違います!それは気持ちだけで結構ですから!!」
鬼江「ふふっ今日はアイシャドーの色をオレンジに変えてみたけど効果ばっちりだったわ。恋に効果的って占いに出てたけど当たったかしら」
十文字(無双)「あ…、あの鬼江さん。聞いてますか?」
ギン(十文字の上司)「そうか、2人でどこにでも出かけて来い。鬼江、無双のことは頼んだぞ。今は仕事で付き合えそうにないからな。」
今回の騒動で仕事を放り出していたギンは伝票整理や現場への指揮を終わらせるために一旦事務所へ戻らなければならない。振り返りもせずに手をひらひらさせるとそのままその場を立ち去った。
効果音「バタンッ(ドアの閉まる音)」
十文字(無双)「…鬼江さん、冗談は置いて、私をある場所まで連れて行ってくれませんか。」

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