第18話「刻まれた十字架」

十文字(無双)「この地に立っていられるのはどちらかだ」
効果音「グオオオオオ……」
雷流丸「…あの男のために死ねるというのか…」
額を割られる重傷を負いながら、なお立ち上がっていく無双に雷流丸は恐れおののいていた。無双は身体もボロボロで立っていられるのはやっとのはずだ。だが、精神力だけはであった時と比べ物にならないほど強くなっている。
雷流丸「…!!」
ゴロ(サンダーの父)「そんな魔法を、そんな卑怯な手を使って勝ちたいのか?」
「皆知ってるのよ、兄さんが卑怯な手を使ってるって事。」
風船猫フジの見せる幻惑の声が次々と雷流丸に囁く。
雷流丸「お前たちに何がわかる……くそっ」
十文字(無双)「何をいって……?」
雷流丸は見えない誰かに向かって罵っている。無双とサンダーには彼がひとり芝居をしているように見える。雷流丸の幻聴はますます酷くなってきた。

雷流丸の息子「親父はお袋や蔡の人生を台無しにしてしまった…あんたは鬼だ、悪魔だ!」
その罵りは憎悪の声で生々しく繰り返される。雷流丸は耳を押さえながら「止めろ!」と懇願した。
雷流丸「てめぇらうぜぇんだよ!弱いだけの存在の癖にっ……!死んで当然だ、殺して当たり前だろう?」
「---酷い話。殺されてもいいなんて誰が言ったのよ?」
「それでも戦おうとする。何故?」
急に雷流丸が体を震わせると片目が青白く光り始めた。無双はそれまで男の異変を黙って見ていたがただならぬ予感がして一歩足を引くと男の足元からピシピシと音がして亀裂ができた。
十文字(無双)「(…暴走か?)」
異変はそれだけではなかった。雷流丸の持っていた武器も異形の形に変形していく。
雷流丸「てめぇ…の、首を土産にゴ…ロのところま、でいってや……る…ヒヒっ…」
もはやその姿は雷流丸であって雷流丸ではなかった。
雷猫・サンダー「無双!逃げろ!奴はシンボルストーンに乗っ取られた!」
十文字(無双)「…!?」
効果音「ビュオオオオ…オオオ」
雷流丸の刀から無数の棘が飛び出し、それが無双の脳天めがけて振り下ろされた。無双は一瞬の差でその刀をよけたと思った。だが…
効果音「ズバッ」


再び無双の額に衝撃が走った。車にはねられたように無双は何十メートルも飛ばされ向こうの巨大な岩にぶつかった。
効果音「ズガガガガガガガーーーーン!!」
十文字(無双)「…お、鬼だ…あの姿は…」
鬼---実際に見たわけではないが絵に見た事がある鬼の絵は今目の前にいる男の姿そのものだった。斜め後方に吹っ飛ばされたせいで左肩の骨が折れたかもしれない…と無双は苦悶の表情で耐える。もし、今肩を押さえたら相手に弱点をさらけ出すようなものだ。
十文字(無双)「(生まれて初めて…怖いと感じた)」
額の傷口がまた開くような感覚に襲われる。ふらついたまま地面に手をつき立ち上がると無双はできるだけ痛みを緩和させようとし、手にしていた蔡の赤い包帯を額に巻いた。その時目の前の光景が急変する。
十文字(無双)「(霧か……?)」
雷猫・サンダー「(…無双が見えない!…この霧のせいか)」
夜の冷気が霧を作り出してお互いの姿が見えなくなる。この事態は予期せぬことだが無双はこれを利用すべきだと考えた。
雷流丸「ヒヒヒヒ…ッハハハ…死ねっ死んでしまぇ-----!!」
足音が近づいてくるがきっと男の目にも無双の姿は見えていない。
十文字(無双)「(風船猫が味方してくれているのか…それとも)」
効果音「ザッ、ザッ、ザッ…」
無双は霧の中、目を閉じて精神を集中させている。雷流丸の足音が微かに聞こえている。向こうも無双を必死に探している。
十文字(無双)「(この勝負、相手を先に見つけたものが勝利をつかみとる…!)」

殺意で煮えたぎった目は無双の姿ではなく若き日のゴロの姿を探していた。獰猛な血に飢えた獣は肩を揺らしながら無双の影を見つけると口を上まで引きつらせて襲い掛かる。
雷流丸「お前は…っ、剣を捨てたぁ------!家族という安息の地に逃げたが俺はずっとお前と戦いたかった……そう、あのときから----時間は止まったままだぁ----!」
狂っているといわんばかりの言葉をわめき散らしながら男は目を剥いて無双の腕を掴んで拘束した。
十文字(無双)「ぐぁぁあああああああ!!」
だが、掴んだと思ったのは無双の幻影だった。痛みに叫ぶ無双のダミーは砂のようにさらさらと崩れていく。はっと顔をあげて雷流丸は周囲を見渡したが霧が濃いままでまた見失ってしまう。
十文字(無双)「(息を殺せ……物音一つ立てるな)」
頭の中を真っ白にして水の音を思い出す。雷流丸の音は蔡とよく似ているのに気がつき、そこで無双はようやく蔡が自分を相手に戦ったか意味がわかった。その音には蔡が死と隣合せの中で教えてくれた心情がそのままに表れていたからだ。
十文字(無双)「(…貴方は無駄死にではなかった)」
これで最後だと覚悟をきめると無双は霧に覆われた大地に足を踏みしめ,高らかに声をあげて叫ぶ。雷流丸の憎悪を消し去るために。
十文字(無双)「うおりゃーーーーーーーーーっ!!」
無双は空高く舞い、雷流丸の脳天に自らのかかとを突き刺した。ゴロがあの試合で雷流丸の前から跡形もなく消えたように、無双は奴の隙をついた。
雷流丸「…がぁ…あああ…ぐ…」
効果音「ドサアッ」

雷猫・サンダー「(……お、終わったのか?)」
サンダーは静かに誰かが倒れる音を聞き、戦いが終わったことに気がついた。それからどんどん霧がはれていった。
雷猫・サンダー「無双ーっ!」
緊張が解けたサンダーが無双に駆け寄ってくると無双は呆けたようにサンダーを見ていた。無双の足元には雷流丸がうつぶせになって倒れている。ピクリとも動きはしない。
雷猫・サンダー「よかった……無双。」
無双はサンダーの言葉をうまく飲み込めず額を押えてその場に蹲った。何がよかったのか判らない、これが正しかったのか判らない、無双が男を倒した後の感情は勝利の余韻でも爽快感でもなく。
十文字(無双)「坊ちゃん。……雷流丸を助けましょう。手を貸してください。」
雷猫・サンダー「な……っ馬鹿なことをいうな!こいつはお前を殺そうとしたんだぞ!!」
少しばかりの沈黙の末に立ち上がった無双から出た言葉は目の前の男を助けるという提案だった。どこまでお人よしなのかとサンダーは感情をむき出しにして怒り出した。
雷猫・サンダー「お前は間違ってる!助けたとしてもこんな奴生きてたって…!!」
十文字(無双)「そうかもしれません、けれど私に裁く権利はないんです。彼の命を奪う権利も。…そんなことをしても死んだ者は帰ってこない。」
雷猫・サンダー「悔しくないのか?その額のキズは…それはあいつに」
サンダーの言葉に無双は一瞬、悲しそうな表情をした。そして、静かに微笑んだ。
十文字(無双)「額の傷は時がたてばいつか癒えます…蔡さんの痛みに比べたら私の傷は小さなものです…蔡さんもきっと望んでいるはずです…そして、親父も…」
憎んでも憎みきれないことは無双にも分かっていた。瞼の裏に親父の笑顔が浮かぶ。たとえ体を裂かれても無双は信じることはやめなかっただろう。


雷猫・サンダー「やっぱりお前のことわからないよ。…変な奴。」
霧が消えて夜が明ける。それは戦いの終わりでもあった。2人は協力して雷流丸を担ぐと近くにあった小屋まで運び入れた。応急処置ぐらいならできるかもしれない。
雷猫・サンダー「でもな、また襲い掛かってくるかもしれないぞ。そうなったら逃げるからな。」
十文字(無双)「坊ちゃんはずっと逃げなかったじゃないですか」
雷猫・サンダー「あれはだな……あれは、何がなんだかわからなかったし。そう、お前が頼りなかったからだ!なんせ新人だろ?」
呼び名がまた新人に戻っている。無双は苦笑しながらサンダーの言葉にはいっと返事した。それでも、その目は信頼してくれているのがわかる。最初の頃よりもずっと傍で。
十文字(無双)「---ギンさんたちにも来てもらいましょう。」
雷猫・サンダー「じゃあ、のろしを上げてくる!」
男を寝かせた部屋でサンダーが元気に外の扉を開けて出て行く。それを見計らったように寝ているふりをしていた男が無双に話し掛けてきた。

雷流丸「---何故殺さない…早く、殺せ……」
男は無双から目をそらし、今にも消え入りそうな声だった。無双は聞こえないふりをして、水道の蛇口を思い切りひねった。
十文字(無双)「……ここからまっすぐ北へ降りたところに風猫の村があります…そこにいい医者がいますから、診てもらいましょう…空気がきれいなところで過ごせば症状も良くなるでしょう…」
効果音「ザアアアアア…」
雷流丸「何故、助けた!!ゴロを、お前の社長を殺そうとしたこの俺を!」
雷流丸は沈黙に耐え切れなくなり、吐き出すように叫んだ。水道の蛇口は全開となり、下の洗面器からしぶきが上がっていた。それを凝視したまま、無双はボソッと呟いた。
十文字(無双)「…1か月前に私の親父は死にました…。」

外ではサンダーがのろしをあげている。無双は「それに…」と言葉を続けながら語った。
十文字(無双)「…もしサンダー坊ちゃんが死んでたら怒りに任せて貴方を殺したかもしれません。私が理性を失わないですんだのは…坊ちゃんが見ていてくれたからです。」
雷流丸「……仮にそうだとしても、今なら殺せる」
十文字(無双)「私は…『お父さんによく似ているね』って言われるんです。でも、父は笑顔が多いのに私は上手く笑えない。いつもその言葉に戸惑ってました。…蔡さんが殺せなかった父親という存在を私が殺せるはずがない。」
無双は長い沈黙の後で傷口をゆすいでいた。額の傷が水面に写ると傷をなぞる様に指で触る。
雷猫・サンダー「無双〜!のろしあげたぞ!!」
外から元気な声が聞こえてくる。無双はサンダーの父親ではない。いずれ子を持つかもしれないが今は父親ではない。けれど子供でもない。それでも無双はサンダーの保護者だと思っていた。
十文字(無双)「蔡さんは、誰も殺したくなかったし恨むのが辛かったんだと思います。他人の私があなた方の関係に口を挟むのは失礼ですが…私が勝利できたのは蔡さんがあなたに似てたからです。」
雷流丸「…皮肉な話だな」
十文字(無双)「シンボルストーンの発動の音があまりにも似ていて…それでいて哀しい音でした…」
雷流丸はただ一言『そうか』と返し、背中を向けてしまった。しばらくすると大きな背中から嗚咽が漏れているのが分かった。
ギン(十文字の上司)「無双ー!」
十文字(無双)「…ギンさん?…良かった、これで…」
遠くからのギンの声を聞き取った無双は無事を知らせるため、小屋から出ようとした。だが、一歩踏み出したその瞬間、無双の体が前のめりに倒れた。
効果音「ドサ…ッ」
雷流丸「おい、お前!しっかりしろ!おい!」
無双に必死に呼びかける声がどんどん遠くなり、そこで彼の意識は途切れた。


第17話に戻る 過去ログに戻る 第19話に続く

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース