第9話「雷流丸の息子」

いつの間にか無双は眠りに落ちていた。洞窟の水が滴り落ちる音を聞いているうちに夢の中に誘われていた。
十文字(無双)「…坊ちゃん…!」
何処かで見たことのある景色が無双の目の前にあった。無双の歓迎会が行われた日に見た夢と酷似している。
雷猫・サンダー「…新人?」
十文字(無双)「無事でよかった」
廊下に佇んでいたサンダーを抱きしめる無双は、サンダーの手に刀が握られていることに目を止める。その刀は血まみれだった。
十文字(無双)「坊ちゃん!」
雷猫・サンダー「目が見えないんだ…真っ暗で怖いよ…」
十文字(無双)「大丈夫ですよ…光のある場所まで連れて行きます、必ず…だから…」
「光を生み出す代わりに貴方は犠牲を生んだ。ほら、貴方のせいで彼は死んだ…」
鬼江「無双ちゃん、気にしちゃ駄目よ…」
無双の背後で声をかける2人。サンダーは眼を覆ったまま震えている。
十文字(無双)「坊ちゃん、目をどうしたんですか…怪我でもしたんですか?!」
雷猫・サンダー「痛い…痛いよ!赤いものが僕の目をふさいでる…」
謎の声2「…俺の光を奪った…憎き光…!」


十文字(無双)「(目の前に現れた影に目を細めて声をかける)あなたは誰ですか?」
大柄な影が激情を押さえきれないようにふと笑い出す。
謎の声2「顔を見たいのか…?俺の顔を…!」
目の前に繰り広げられる情景はやがてクリアになり、背後にいた蔡や鬼江の姿も、サンダーの姿さえも消えてなくなった。月をバックに立っている男の容姿を見て無双は絶句する。
十文字(無双)「(目を見張って)…貴方は…っ!」
みるみる顔色が青くなり、無双は自分が震えていることに気がついた。無双がなにを考えているのか察しがついた男は激昂しながら近づいてくる。
謎の声2「消えろ…っ!!」
いつのまにかサンダー家の庭から場面は谷底へ変化していた。恐ろしいまでの高さから無双はその体を男によって吹き飛ばされる。一瞬、足場がなくなったかと思うと無双の体は地面まで落ちていった。
十文字(無双)「うわあああああああああっっ……!!!!!!」

「無双さん!無双さん!」
鬼江「どうしたの?!無双ちゃん!起きて!」
半狂乱になって叫んだ無双は心配そうな蔡と鬼江に起こされて覚醒した。
十文字(無双)「…?すいません…お騒がせしたようで」
「いえ…それよりも洞窟の出口を見てください。私達、囲まれてしまったみたいです。」
不気味な気配が洞窟の出口から伝わってくる。黒犬達が仲間を連れて無双たちに復讐しようとしているに違いない。
鬼江「2人で逃げてちょうだい。私1人でなんとか食い止める!」
十文字(無双)「鬼江さん、もう無茶はやめてくださいっ…」
「(背後から無双を殴る)無双さん…鬼江さんは覚悟をきめているんです…」
殴られて無双は気絶した。その場に音を立てて崩れると蔡が無双を抱えてその場を離れていく。鬼江はにっこりと笑うと2人を追いかけようとする黒犬達を挑発して自ら犠牲になる。蔡は振り返らずにその場を離れた。
効果音「ゴォオオオオオオオオオ…ンンンン(爆発する音)」


ギン(十文字の上司)「…何の音だ?!」
雷組で待機していたゴロたちは森の付近からの爆音を固唾を呑んで聞いていた。足元が細かく振動している。

「ハァ…ハァ…ゲホッ…(息が切れて咳き込む)夜が、明け…れ、ば…」
空はうっすらだが視界がはっきりしてきた。太陽が昇ってくれたら黒犬達は消えるだろう。無双を背負いながら蔡は木々の中を走りだす。
「(夜が明ける前に。森の出口を探さなければ…)」
光と闇の境目に森の抜け道がある。もし、それを見失えばもういちど森の入り口に強制的に戻ってしまうのだ。以前はトンネルがあって誰でも通れたはずなのだが今は封鎖されている為に特定の人物しか通れないようになっていた。
「あったっ!あそこか…!」
無双を背中に背負ったまま蔡は木々の中で不自然な木を見つけた。大きな木には入り口のように穴が空いている。蔡は目を閉じて無双を抱えたまま通り抜けた。
効果音「キュイイイン…」
「(気絶したままの無双を地面にゆっくり横たえる)…無双さん、起きて下さい…」
無双は痛む頭を押さえて暫くうなっていたが、やがて目を開けると視界に飛び込んできた太陽の光と鳥のざわめきに驚いて起き上がった。

十文字(無双)「あうう…はっ!こ、ここは…!!」
殴られた時のショックのためすぐに言葉が出なかった。急に起き上がろうとすると眩暈が襲ってきて、足がよろめいた。
十文字(無双)「お、鬼江さんは…ど、どこに…!ま、まさか…」
蔡は黙って無双の前に一枚の封筒を差し出す。怪訝な顔をして封筒を受け取った無双は中に入ってた写真に驚いた。
「鬼江さんに渡すように頼まれました。きっと彼の息子の写真です。」
十文字(無双)「雷流丸…」
悲しげなセピアの写真はこちらに向かってなにかいいたげな顔をしているようで、それでいて幼い手は父親の腕を掴んでいた。父親の雷流丸の顔は墨で塗りつぶされていて見えない。
効果音「…ザァァァ…(木々が風に吹かれて揺れる音)」
「雷流丸の息子は、私の友達でした。」
いくつか突起した岩に腰を降ろすと蔡は感情も込めず、そう告げた。
「無双さん、私が3年前にここから、逃出した時、私は1人ではなかった。」
言葉を選びながら、ゆっくりと思い出をなぞるように蔡は語りだす。


効果音「ザッ、ザッ、ザッ…」
雷流丸の息子「ハァ、ハァ、ハァ…」
「大丈夫?…真夜中じゅうずっと走っているから、足が棒のようだ…」
雷流丸の息子「さ、蔡…」
「ここを抜ければあの怖いお父さんからも解放される…そうすれば君も…」
雷流丸の息子「む、無理だ…あの親父から逃れられる術はないよ…そうなれば、蔡、お前もただじゃすまない」
「平気だ。このお守りがあるから…」
月明かりに照らされた蔡は少女のように頼りなく華奢だったが、行動力があり強い少年だった。それに反してもう1人の少年は蔡よりも身長が高いが大柄なわりに気が弱く、力がなかった。

雷流丸の息子「あぁ…それは蔡のお守りだったね。金時計は今も動いてるかい?」
「うん。動いてるよ。針の音を聞いてごらんよ、なんだかほっとする感じがするんだ。」
金時計は蔡にとって両親の形見だ。両親が亡くなってからも針は動いたまま止まろうとはしない。なにも持たない蔡には両親の代わりのように大切な時計だった。
雷流丸の息子「(時計の針に耳をすませながら)蔡、僕らは逃げられるかな…」
「あんなお父さんの事は忘れるんだ!君の顔をこんなに殴る親なんて…僕は親だと思わない!!」
蔡はポケットからハンカチを取り出して泣き出している少年の顔を拭いてやる。俯いたままの少年はなにもいわずにされるがままになっている。
雷流丸の息子「うん、あの親父から逃げよう…逃げたら蔡と一緒に農場がしたいな。僕は剣なんて持てないからね。」

十文字(無双)「……。」
「彼は人一倍心優しい人間でした…。昆虫一匹殺すのも出来ないくらいでした…。」
十文字(無双)「…でした?」
「無花果を取りに森に入って私達はこの森の脱走を思いつきました。理由は彼をあの父親から解放する為に。けれどこんな結末になるなら、おとなしくしていればよかった。私はいつも思うんです…彼は天国にいけたのか、それとも地獄へ行ったのか…」
蔡の目には彼が助けを求めながら手を伸ばす姿が鮮明に思い出せるが、蔡の中では『悲しみ』はない。今、代わりに存在している感情はただ任務を遂行することだけ、だった。
十文字(無双)「もしかして…」
「無双さん、貴方の父親は立派な人ですね。だって、貴方は愛されて生まれてきたから。だけど全ての子供が親に愛されて生まれてくる訳じゃないんです。貴方の話を聞いた時、何故か憎らしくなりましたよ。」
雷流丸の息子「助けてっ!ごめんなさいっ…!もうっ、もう逃げたりしません…っ、だか、ら…」

「…彼は死にました。」
ナレーション「まるで死んだような虚ろな目で空を見ている蔡は感情がなくなってしまったかのように。最初に出会ったときに向けた笑顔は仮面だったんだろう、と無双は気がついた。」
「殺されたんです…彼の父が作った刀によって…」
十文字(無双)「過去に決着をつけたいからここに来たんですか…」

効果音「ボーッ(機関車の音)」
「!(驚いて音のする方を見る)」
蔡はなにかにとり付かれた様に身を乗り出して北の方角を走り出す。無双はいきなり何が起こったのかわからなかったが蔡の後ろをついて走った。
「発車の汽笛が…嘘だ、走ってるはずがない」
十文字(無双)「汽車の音なんて聞こえませんよ」
「…そ、そうですね…聞き間違いかもしれません。私の子供の頃はちゃんと走ってたんです。鉄道があって…幻聴かもしれませんね。久し振りに故郷に来たから…」
ナレーション「立ち止まって、正気に返るとお互い寝不足な上、体には山道でいくつもの細かい傷が出来ていた。おまけに空腹だったので一気に疲れがでてしまい、これ以上歩けそうにない。」
十文字(無双)「坊ちゃん…おなかをすかせてなければいいんですが…」


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