第1章・第2話「無双の決意」

効果音「ザアアアアア…」
ナレーション「12年前のことだった。十文字、無双の父・照蔵は職場で突然倒れ、そのまま帰らぬ人となった。無双は学校で父の死を知った。自宅に駆けつけたときは既に父は冷たくなっていた。」
猫B「ご臨終です…」
ナレーション「無双は父の遺体と対面した時、まったく涙が出なかった。悲しくなかった訳でない、泣きたくても病弱な母と幼い弟妹の姿を見て何とかしなければならない、ただ、それだけ考えていた。」


効果音「ガラガラガラ…(玄関の戸を開ける音)」
ナレーション「父の葬儀が済んで四十九日が間近に迫った頃だった。無双が学校から帰宅すると、彼の年子の妹、桜が飛び出してきた。」
桜(十文字=無双の妹)「おにいちゃん、どういうこと?」
十文字(無双)「どうしたんだ、何をそんなに慌てて…」
ナレーション「無双は妹が何を慌てているのか分からない表情をし、そのまま中に入ろうとしたとき、桜が無双の肩をつかんだ。」
桜(十文字=無双の妹)「さっき、学校から電話かかってきたわ…おにいちゃん、高校の推薦、断ったそうね…」
十文字(無双)「…」
桜(十文字=無双の妹)「お兄ちゃん、あんなに行きたがっていた高校なのに…もしかしてお父さんが亡くなったから…」
十文字(無双)「…」
十文字の母「無双…学校の先生が考え直してくれって電話があったんだよ…確かに家は貧乏でお金もない…先生は奨学金制度があれば何とかなるって…」
十文字(無双)「母さん…父さんが死んだら誰がこのうちを守っていけばいいんだよ…?俺が働かなきゃ、母さん達は…」
桜(十文字=無双の妹)「でも…!」
十文字(無双)「桜、来年はお前が受験だ…看護婦になるの小さい頃からの夢だったじゃないか…お金の心配はお前はしなくて良いから…」
桜(十文字=無双の妹)「おにいちゃんだって…お父さんのような植木職人になるのが夢だったじゃない…!小さいときからいつもお父さんの仕事を見ていて、『お父さんのような職人になりたいって』…言ってたじゃない」

十文字(無双)「俺は…」
桜(十文字=無双の妹)「あたしのためにお兄ちゃんの夢まで犠牲にしたくないの…お兄ちゃんが働くなら私も働く…」
ナレーション「無双は返事もせずにそのまま部屋に向かった。部屋を開けると小さい弟と妹が無邪気な顔をして兄の元に駆け寄った。傍には父の遺影と遺骨があった。遺影の中の父はにやりと笑っていた。父が免許証の写真を取る時におどけて笑って叱られた話をしていたことを思い出した。」
十文字の父「無双、お前は頭が固すぎるというか融通が利かなくていけねえ。どんな事があっても笑顔でいることだけは忘れてはいけないぞ…」
ナレーション「照蔵は傍から見ると決して模範的な人間ではなかった。父は決して無双を叱ったりどなりつけたりはしなかったが、これだけは口癖のように繰り返していた。親戚の葬式でも神妙な顔をするのが苦手で、よくたしなめられていた。」
桜(十文字=無双の妹)「…」


効果音「ジリジリジリジリ…」
ナレーション「その夜、学校から電話がかかってきた。無双の担任の先生からだった。無双が高校の推薦を断った話の件だった。」
先生A「夜分遅くすみません…。この度はご愁傷様でした。無双君のお父様が亡くなられたことは本人から聞いておりましたが…本人が切望していた学科がある学校だけにあったので、何とかならないかと思いまして…」
十文字の母「申し訳ございません…本人も決心が固いようでして…。家がこの通り貧乏でありますから、経済的にも余裕がないことは無双も分かっておりました…ただ、そのことで望んでいた進路が絶たれるのかと思うと亡くなった主人に申し訳が立たなくて…」
先生A「無双君は学校でも責任感の強い子です。クラスでも部活でもかなりの人望が厚いですね…こっちが見ていても真面目すぎるのではと心配になるくらいです。」
ナレーション「冴は年配の女性の担任の話をじっと聞いていた。『真面目すぎる』という言葉があまりにも辛かった。この子は何でも一人で背負いこんでしまう…母はそんな息子を健気に、そして不憫に思った。」
十文字の母「あの子は小さい頃から父親の仕事を見て育ちました。もともと、手先を使うことは好きなほうでしたので、私も反対はしておりませんでした…。主人は息子が自分と同じ道に進むのを一番喜んでくれましたのに…。」
ナレーション「冴は電話口で声を詰まらせた。無双の高校推薦が決まったとき、照蔵は子供のように無邪気に笑って、喜んでいた。」

十文字の父「流石が俺の子だな…ふふふふ、母ちゃん、お酒まだないか?今日はお祝いだぞ」
親戚1「照!あんた、何かにつけて酒ばかりだね!冴さん、この男の言うことは聞かなくていいよ、肝臓が悲鳴を上げるのがオチだよ」
ナレーション「病弱な冴の代わりに家事をしていた照蔵の親戚は怒鳴り声を上げた。冴は力なく笑って、冷蔵庫からビンビールを出した。」

効果音「…(沈黙)」
ナレーション「しばらく、沈黙が続いた。無双の担任はどう切り出していいか分からず、受話器をじっと握ったままだった。そして、10分後、ゆっくりと話を切り出した。」
先生A「お母様も同じ考えのようですね…このまま諦めてしまうのは大変惜しいと。私もいろいろと手を尽くしてみますので、何かあったらこちらから連絡します…。」
十文字の母「ありがとうございます…。」
ナレーション「電話が切れた後も冴はそのまま考え込んでいた。無双には話したほうがいいだろうかと最初は思ったが、また余計な気を遣わせてしまうかもしれないと黙っていることにした。」
十文字の母「…」


ナレーション「あの電話から数日後、無双の家に一人の客が訪れた。最初は無双が応対に出たが、誰なのかわからなかった。」
十文字(無双)「…失礼ですが、どちら様でしょうか?」
ナレーション「黒ぶちのメガネをかけた年配の男性はまじまじと無双の顔を見た。怪訝そうな無双の顔を見て、何か納得したような表情をした。」
猫B「これは失礼した…以前、君にあったのはまだよちよち歩きだった頃だから、覚えていないのは無理ない…。私は君のお父さんが働いていた職場にいたんだ…今は定年退職して家にいるけど、お父さんには大変世話になったんだよ…。」
十文字(無双)「はあ、そうですか…。」
猫B「お父さんによく似ているね…。」
ナレーション「何故、誰も彼も同じようなことを言うのだろう。父を知るものは必ずといっていいほど無双のことを『父に似ている』という。無双はそれが嫌だとか思ったことはなかったのが、父が亡くなってからそれが顕著になってきたように思える。」
十文字(無双)「ところで何か御用でしょうか?」
猫B「おお、忘れとった…それなんだが…」

効果音「バタ、バタ、バタ…」
ナレーション「照蔵の元同僚が何か話そうとしたその時、背後から母の冴が壁に寄りかかるようにして歩いてきた。無双は突然母が起きてきたので、慌てて駆け寄った。」
十文字(無双)「母さん、寝てなくちゃダメじゃないか…」
猫B「冴さんじゃないか…おきて大丈夫なのですか?」
十文字(無双)「母をご存知なのですか?」
猫B「ああ、お母さんにも世話になったんだよ…無双君…君、高校の推薦を断ったそうだね」
十文字(無双)「!!」
ナレーション「その言葉に無双はさっと顔色を変え、何故知っているのだという風に男性の顔をにらみつけた。母と男性はその表情を見て、慌てた様子だった。」
十文字の母「無双…私が言ったんだよ…何とかならないかと…」
十文字(無双)「どうして?!何故、僕に黙って…?!」
猫B「待ちなさい…今日は君に話しがあってきたんだ…君はお父さんと同じ造園の仕事をしたいって言っていた…私が知っている造園の会社を紹介するために来たんだよ。」
十文字(無双)「ええっ?」
ナレーション「それが後に無双が通うことになる『雷組』であった…彼は家族を養うためにどこで働いても構わないと思っていた…だが、それだけでは済まされないことを後で思い知らされることになるのだった…。」


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