序章「無双、誕生」

効果音「ジャラ、ジャラ、ジャラ、ジャラ…」
ナレーション「ここはとある雀荘。古い木造の建物の中で男達が所狭しとひしめき合っていた。ここにある麻雀の台がすべていっぱいだった。」
十文字の父「……」
ナレーション「ここにある一人の男がいた。彼はもう3日も家に帰っていない。負けが込み既に十数万すってしまっていた。他のメンバーは心配そうな表情で彼を見ていた。」
猫A「…もうやめたほうがいいぞ…これで負けたら39連敗だ…」
猫B「いや…39敗目は一昨日だ…今負けたら前人未到の50連敗だぞ…」
ナレーション「周りのものも気の毒そうに彼を見ていた。やじ馬の一人がその男に声をかけた。彼は時計をちらちら覗いている。」
猫C「おい、いいのか?あんたの奥さん、今日、『産まれる』ってな?いいのか…付き添ってやらなくても?」
ナレーション「彼の言葉に男は一瞬、動きを止めた。そして、じろりと周囲を見回し、威嚇するように睨みつけた。」
十文字の父「気が散るじゃねぇか!!今、いいとこなんだよ!!かみさんの出産は産婆がいるから大丈夫だよ!!てやんでぇ!!」
ナレーション「当時、病院で出産するのはごく限られた家庭だった。普通の家では自宅で産婆さんが赤ちゃんを取り上げるのが当たり前であった。」
猫A「嗚呼、気の毒になぁ…照さんの奥さん…今、一人寂しくいきんでいるだろうよ…」


ナレーション「50連敗寸前のこの男、いや、照蔵(てるぞう)の家では彼の妻の陣痛真っ盛りだった。その傍で産婆さんと照蔵の親戚が汗だくになって出産に立ち会っていた。」
十文字の母「ヒーッ、ヒーッ、フーッ!」
親戚1「あのバカ、どこほっつき歩いてんだね!!照の奴!初めての子が生まれるって言うのに…また例の徹マンだろう!!」
産婆「ちょっと!あんたら、横で騒いでないで!お湯!!」
ナレーション「産婆と共に付き添っていたのは照蔵側の親戚である。照蔵の妻は冴といい、ふくよかで肉付きがいい照蔵の親戚とは対照的に今にも折れそうな青白い顔の女性だった。」
十文字の母「お姉様…耳元で大きな声は…ああ…」
ナレーション「大粒の汗を全身に流しながら冴は荒い息でいきんでいた。そんな冴を励ますように産婆が彼女の手を固く握る。」
親戚1「これから父親になろうって男が嫁さんの傍にいてやれないなんて情けないったらありゃしない!冴も何が良くてあんな男と一緒になったもんかねぇ…」
ナレーション「白の割烹着がよく似合う照蔵の親戚は1人で出産を迎える冴を不憫に思っていた。出産はへたすれば母体に危険が及ぶ。命がけでおなかを痛めてうむ苦しみを男に理解しろとは言わないがせめてそばにいてやれと。つい口から思った不満が飛び出す。」


効果音「シーン…(静寂)」
ナレーション「一方、雀荘ではここにいる全てのものが照蔵を固唾を呑んで見守っていた。今、照蔵の前には信じられない牌が並んでいた。他のものはこんな事があるものかと目をこすっていた。」
十文字の父「(…これは夢だろうか…いくらなんでもつきがありすぎだ…さっきはもう負けは必至だったのに…ううっ、こういう場面に慣れていないから…もよおしてきやがった…)」
猫A「(あの照さんが勝つなんて…明日は雪が降るかもしれん…)」
猫C「(いや…天変地異の前触れかも…天中殺か?ありえない!ありえなさすぎる!)」
ナレーション「煙草の煙が室内に充満している。僅かな灰が床に落ちても誰も気にはしなかった。照蔵の下にはすでに灰皿に煙草の山が出来ていたからだ。」
猫A「照さん。子供が出来たら煙草はやめるって言ってなかったか?」
猫C「はっはは。やめられるわけがない。(顎鬚を指で撫でながら笑う)」
ナレーション「牌を持つ照蔵の手が震えている。気をつけないと牌がバラバラになりそうだ。」
効果音「ガタガタ…」
ナレーション「武者震いかそれともただの貧乏ゆすりか。それにしてもひどくゆれている。照蔵は緊張をすると貧乏ゆすりをする癖があった。時々、他のものの牌が崩れて注意されたこともあった。」

猫B「おい、その揺れを止めろ、わざとやってんのか?」
効果音「ガタガタ、ガタガタガタ、ガタガタガタガタ…」
ナレーション「照蔵が雀荘でゆれている頃、自宅では産婆が来て3時間以上が経過していた。予想以上の難産だった。産婆や照蔵の親戚も一緒に力んで、顔が般若のようになっていた。」
産婆「今まで何百人の赤ちゃんを取り上げてきたが…ここまで難儀した赤子は初めてじゃ…頭がでかいんだろう…」
親戚2「頭…そういえば照蔵が生まれたときも難産だったわねぇ…姉さん…」
親戚1「ああ、あの時は親戚中大騒ぎしていたわね…末は博士か大臣かって…頭が大きかったからよく転んでいたっけ…」
親戚2「亡くなった父さんが『コイツは脳みそがいっぱい詰まっているんだ』ってしょっちゅう、照蔵の頭をふざけてはたいていたわね…」
ナレーション「2人はふと顔を見合わせ、思わずため息をついた。あの時、照蔵の頭を叩きすぎたのがいけなかったのだろうか…彼女等の脳裏になくなった照蔵の父の顔が浮かんだ。最近の照蔵とそっくりの表情だった。」
十文字の母「うーーーーーっ!!産まれるーーーーーっ!!」
一同「!!」

十文字の父「うおーーーーーっ!!来るぞーーーーっ!!」
ナレーション「照蔵の揺れは頂点に達していた。まるで照蔵の足元でなまずが暴れているのかと思うくらいの揺れだ。散らばっている牌まで震えている。」
猫A「誰かこいつをおさえろ!」
効果音「ガタガタガタガタガタ!」
十文字の父「う、ま、れ、るーーーーーっ!!」
効果音「ガシャーーーン!!」


十文字(無双)「オギャー、オギャー…」
産婆「や、やったよ…!冴さん、元気な男の子だ…」
ナレーション「産婆歴50年の彼女は生まれたばかりの赤子を抱きながらVサインを冴に向かって送った。大仕事を果たした冴は、男の子の泣いている姿を見て安堵した表情を見せた。」
親戚1「ずいぶんおでこの大きな子だ…」
親戚2「どこかで見たような気がするけど…」
親戚1「それは他人の空似だよ」
ナレーション「照蔵の親戚は生まれたばかりの赤ん坊をじっと見つめていた。見れば見るほど父親に似ている。この子がギャンブル好きのグータラ男の血を引いているのかと思うと一抹の不安を隠しきれなかった…」
十文字の母「父ちゃんにそっくりだねぇ…義姉さん、特におでこの辺りが…」
親戚1「何言ってんだい、目の辺りがあんた似だよ」
産婆「早く赤ん坊をよこしておくれ。産湯に浸からせなきゃ」
親戚1「照のほうに連絡したほうがいいかしら…姉さん」
親戚2「ほっときな。今頃は大損こいている頃だよ。」
効果音「バアーーーーーン!!」

ナレーション「背後からものすごい音が響いた。産婆たちが振り向くと照蔵が嬉々とした表情で立っていた。」
親戚1「照!あんたが油売っている間に生まれちまったよ!」
ナレーション「親戚が憎まれ口を叩いても照蔵はニヤニヤしていた。産婆は怪訝そうに彼を覗き込んだ。」
十文字の父「ふふふふふふ…コイツのお陰で今日の俺は…ふふふふふ…」
ナレーション「照蔵は懐から2、3つの札束を出した。彼は妻の枕元に尻餅をつくように座った。」
十文字の父「かあちゃん、でかしたぞ…コイツは福の神に違いない…おい、かあちゃん、俺、コイツに名前考えてやったんだけどよ…うふふふ」
十文字の母「なんだい…とうちゃん…?」
ナレーション「照蔵は妻の傍に寄り添う赤ん坊をまじまじと眺めている。眉のラインが照蔵のように濃い。そのためか表情が豊かに見える。」
十文字の父「いい眉してるなぁ…おい、無双…将来、俺のようないい男になれるぞ…ふふふ…」
十文字の母「無双って…この子の名前かい…?」
十文字の父「おお、そうだ、俺の今日の決め手が『国士無双』…それにあやかって、無双だ…ふたつとない…いい響きだろう」

効果音「ガシッ」
ナレーション「背後から照蔵の肩をつかむものがいた。照蔵がアホ面で振り返るとそこにはひきつった顔の産婆と親戚がいた。」
産婆「ちょっと、あんた、国士無双って麻雀のかい?」
十文字の父「そうだよ、それが何か?」
親戚1「馬鹿たれ!この家を継ぐ男の子になんて名前付けるんだね!姉さん、あたしは反対だよ!」
十文字の父「なんだと!俺が考えた名前に文句あるのか!」
親戚2「大有りだね!あんたが名付け親だって事が!」
ナレーション「この夜、照蔵の家では何人もの怒鳴り声が響いていた。赤ん坊の名前をどうするかは戸籍に出す直前までもめたらしいが、結局は冴の一言で照蔵の考えた名前に落ち着いた。冴が『無双っていい名前だねぇ』と赤ん坊にしきりに言っていた時の笑顔が印象的だったからだ。」


過去ログに戻る 第1章・第1話に続く。


本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース